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5年ほど前のことになるが、羽田空港の搭乗口で、優先搭乗の列に並んでいたことがある。
その前年にたまたまマイレージが多く貯まって、ステイタスというのか、航空会社規定のちょっとしたお得意さんとして扱われたことがあったのである。
少しアッパーなクラスであることを証明するピカピカのカードが送られてきたときは、「おお、これが噂に聞くやつか」と、ニンマリしたものだ。
ビジネスクラスをはじめとする、優先搭乗客に対する搭乗のアナウンスが流れると、僕は堂々とその列に並んだ。
その実、そこに並んでいる人のほとんどはビジネスクラスの乗客であり、僕の席は紛れもないエコノミーだったのだけれど、そのキラリと光るカードのおかげで下々の庶民とは違う扱いを受けることができたわけである。

15人ほどの列の中ほどにいた僕の前後は、ビシッとスーツを着込んだビジネスマンだった。
そろそろ搭乗が始まるという段になったところで、列を見守っていたやたらに化粧の濃いの地上係員の女性が、おもむろに、そしてまっすぐに短パンTシャツ姿の僕のところへやってきた。

「お客様、搭乗券を拝見させてください」

こういうことである。
15人ほどの乗客の中で、僕だけがそこに並ぶのにふさわしくない風貌であったわけだ。
もう少し平たく言えば、僕だけが「場違い」だったのだ。
「この貧乏人、間違えて並んでやがるな」と思ったその女性係員は、「お客様の搭乗は後ほどになります」という言葉を用意して、ツカツカと僕のところへやってきたわけである。
これが目に入らぬかとばかりにカードを突きつけてやったのだが、「失礼いたしました」の一言もなく、その女性係員は煮え切らない顔をして搭乗券を突っ返し、立ち去った。

先月、上海の高級ホテルの一室で上述の一件を、思い出していた。
上海の外灘(バンド)沿いにあるそのホテルは、香港に本店を置く5つ星ホテルで、部屋もサービスも超一流で知られている。
仕事上の役得で宿泊したわけだが、自腹で泊まることなど考えもしないような別世界の空間だった。
部屋の窓から一望できるは浦東の高層ビル群は、夜になるとロマンチックなかんじになり、ここに泊まるカップルはさぞかしキュンキュンするのだろうと察する。

2日目の朝。
なんとなくロビーにはピリッとした空気が張りつめており、4基のエレベーターすべてに前日までいなかった警備員のようなホテルの従業員が乗っていた。デパートのエレベーターガールなら華やかだが、ごつい体格のおっさんと密室で二人になるのは、あまり気持ちのいいものではい。ホテル前のロータリーには黒塗りのドイツ車がズラリと並び、明らかに私服の公安とわかるインカムを装着した男が数人、背中に物差しを入れたような姿勢で出入りする人を凝視していた。どうやら、それなりのVIPがお泊まりであるらしかった。
朝食会場のレストランから部屋に戻ろうとすると、ロビーを抜けたところで、ごついおっさんに呼び止められた。

「ルームカードキーを見せてください」

5年前の羽田の厚化粧が頭をよぎった。
僕以外の宿泊客は、呼び止められることなくエレベータのほうへスイスイと歩いていく。
そして、カードを見せると、羽田の女性係員と同じくように「失礼しました」の一言もなく、サッと立ち去る。
実に気分が悪い。バカンスではないといえ、5つ星ホテルに泊まっているという優雅な気分が台無しである。

結局、僕はそれからチェックアウトまでの2日間、合計6回の「検問」にひっかかった。
同行の女性ライターさんは一度も呼び止められることはなかったらしい。

最後には、「いい加減にせえ」と軽くくってかかったみた。
角刈りのごついおっさんは「今、警備を強化していますので」と顔色ひとつ変えずに立ち去った。

その目は灰色に濁っていて、まるで浦東の景色のようだった。

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2016.6.1 羽田→北京 機上


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