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雑誌の企画である作家さんと尾道を訪れた。
「坂の町尾道」は、映画監督の大林宣彦氏が 自身の出身でもあるこの地を舞台とした映画を数多く撮ったことが、僕から上の世代には広く知られている。

初日、薄曇りの中で撮影に臨めるのはありがたいことだった。
晴れてしまうと斜面を縦横無尽に巡る路地にきついコントラストが出てしまい、今回のイメージから離れてしまうことになる。
さらに異常な残暑は瀬戸内地方も例外ではなく、快晴の坂道を練り歩くのはさすがにしんどい。実際に向島に渡った翌日は太陽が顔を出し「昨日じゃなくてよかったですね」と作家のKさんと何度も顔を見合わせた。

一角に「尾道アート館」なるものがある。
管理人はおらず、入口の箱に200円の入館料を払って中へ入った。
小さな中庭を囲うようにして建つ、今にも崩れそうな古民家の屋内に大林監督名残の品々が展示してある。
母屋ではプロジェクターで「転校生」がたれ流しに映写されていたが、光量が極端にオーバーなのと、ハコに対して画面が大きすぎるためにほとんど何の映画なのかもわからない。無情にも音声だけが廃墟の館に響くという、実に切ない演出がほったらかしになっている。

比較的原形をとどめている家屋へ入ってみると、当時の映画のポスターやサウンドトラックのLPジャケットなどが雑然と展示されている。
「なつかしいですね〜」などと言いながら適当に流し見をしていた僕とKさんが同じ場所で足を止めた。

一枚のスナップ写真がある。
おそらくこの界隈で行われた映画の打ち上げか何かのときに撮られたものだろう。
映っているのはまだ10代半ばを過ぎたころの女優、富田靖子である。

「中田さん、これ、すごいです。」
「はい、驚きました。あっちにあるポスターの顔とは似て非なるものですね。」

僕は男だから素敵な女性の写真に心踊ることはあるとしても、Kさんは女性である。
あの富田靖子の仕事では見せない笑顔には男女の枠を超えた圧倒的な魅力があった。
今ではテレビを全く見なくなった僕は、現在彼女が芸能活動を続けているかどうかすら知らないが、あの表情が演技で出来れば間違いなく一流の女優になっただろう。
そうでなければ僕は残念なものを見てしまったのかもしれない。

アート館を出た僕らは言葉少なに坂を下り、線路の手前から見下ろす海側の景色にまた足を止めた。

「Kさん、ここでしばらく時間ください。」
「いくらでも。私も見ていたい。」

小さな地方都市で尾道ほど活気のある町を僕は知らない。
それは二日間もいれば十分にわかることであり、自分の足で歩き、感じた断片を組み合わせていくことで町の本質が見えてくる。
旅とはそういうものである。

2012.9.30     インドネシア バリ島


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