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5月の中頃、台北でのこと。

ハノイで仕事を終え、次の現場である台湾へ向かったのだが、仕事が始まるまでに数日の余裕があった。

台北の故宮博物院には過去に何度か行ったことがある。でもよく考えると前に行ったのは何年も前だし、日本を出る直前、知り合いから「展示の仕方が変わったから行ってみるといいよ」などと聞いていたので、このタイミングを利用して久しぶりに青磁無紋水仙盆でも拝んでみることにした。
ただ、その知り合いは「朝一番に行った方が良い。いや、それでもダメかな…」とも付け足した。
なんでも大陸中国人の団体旅行が必ず来ているということだった。それもすごい数の。

とはいえ僕は、開館と同時に行けばまぁ心配ないだろうと高を括っていた。

開館は午前8時半。僕はMRTの駅からタクシーに乗り、840分すぎにはチケット売り場に着いていた。ロビーに人はほとんどいない。「楽勝やな」と思った。

故宮博物院の目玉とも言える宝物に、清朝時代の「翡翠白菜」というのがある。僕が前に観たとき、「白菜」は大部屋の中の一角に展示されていた。しかしその知り合い曰く、昨今大陸中国人の団体旅行客が増えたことで大部屋での混雑が深刻になり、「白菜」などの有名な展示物をを人が流れやすい場所に移したということだ。

入場ゲートから順路をたどると、その「個室」はすぐに見つかった。通り抜けがしやすい部屋というか幅の広い通路のど真ん中に、「白菜」は鎮座しいていた。なるほど、これなら混雑することはないだろう。

と、そのときである。

「白菜哪里!?白菜哪里!?(白菜どこだ!?)」

という大声が大人数のざわめきと一緒に近づいてくる。次の瞬間、僕から見て「白菜」をはさんだ向かい側から、旗を持った添乗員を先頭に、騒々しい団体がどっと現れた。

大陸中国人だ。

その勢いは凄まじかった。とにかくうるさい。確かに日本の美術館は欧米に比べると静かすぎると言えるかもしれない。しかし「白菜」に群がる連中はそんなレベルではない。添乗員も大声で解説する。さらには「白菜」が守られているガラスケースを交代でべったりと取り囲む。

僕は甘かった。朝一の入館など、意味がなかった。

後から分かったのだが、団体はひとつ下のフロアから入館するらしい。道理でロビーがガラガラだったわけだ。
見終わった団体が通り過ぎると、間髪入れずに次の一団が入ってくる。

もう「白菜」をゆっくり観るすべはなくなってしまったのかもしれない。

ちなみに中国で「白菜」は「百財」と発音が似ているところから古より縁起が良い物とされている。豊かになった大陸中国人は人一倍「百財」に興奮するのだろうか。

そんな記憶が残る中、先日、北京の故宮博物館・紫禁城を訪ねた。

ここへも何度も入ってはいたが、2008年に陶磁器を整理、展示した宝物館のようなものがオープンしたと聞いていたのだ。僕は「ようやくその気になったか」と思ったものだ。

一般的に「台北は宝物」、「北京は紫禁城」という認識が流布している。
要するにもともと紫禁城にあった宝物の多くを蒋介石が台湾へ運んだため、紫禁城には宝物が残っていないという話である。しかし実のところ、台北の故宮博物院に60数万点の宝物が所蔵されているのに対し、中国政府は公表していないが(なぜしないのか疑問だ)、紫禁城内には約100万点が眠っているという。

もちろん「白菜」のような価値があるものということになれば別だが、所蔵総数では北京のほうが多いということになる。最近では中国全土に呼びかけて宝物を回収したり、中国人の資産家が海外のオークションで競り落として紫禁城に寄付したりと、それなりに話題も集めている。

その陶磁器郡がやっと整理され、展示されたのだ。

僕はその陶磁館を目指し、意気揚々と紫禁城の目玉である大和殿を横目にメインルートを逸れた。

展示数自体は決して多いとは言えないが、城内の東側にある建築の一部を改装した展示館は立派な内装に仕上がっている。唐三彩や景徳鎮をはじめ、すべての陶磁器にライティングが施され、それらは時代や窯によってわかりやすく展示されている。

実に素晴らしかった。

しかし、何か違和感がある。
台北の故宮博物院と、決定的な違いがある。
静かすぎる。これだけ立派に出来上がった宝物館に、人がいないのだ。

あのパワフルな中国人旅行客が、まったくいないのだ。

台湾まで行ってまでああも「熱心」に見学するのに、こんな近くにある、紛れもない本物の宝物には見向きもしないとはいったいどういうことなのか。

ただの「灯台下暗し」ならばいいのだが…。

2010.11.1


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