先週の半ば、都内で仕事を終えたあと、夕方の新幹線で大阪へ向かった。
当初の予定では翌日の夜には大阪を出て佐賀へ移動することになっていた。
ところが、計画を立て、もろもろの予約が完了した前々日に佐賀の現場でトラブルが発生した。
結局延期せざるを得なくなったのだが、今後のスケジュールを考えるとこの仕事は受けられそうにないというのがその時点での正直なところだった。
フリーランスというのはドタキャンを食らうと、手帳にぽっかりと空白ができてしまうことになり、当然ながらそこに営業保証があるわけではない。
辛いが、こればっかりは仕方がない。
大阪で午前中の撮影が終わり、さすがは大阪という美味い肉うどんをすするうちに、福井に行くことを思いたった。
「福井には茂さんと川越さんがいる」
福井の東尋坊は日本随一の絶壁を擁する観光地でありながら、自殺の名所(名所という表現は適切ではないかもしれない)という裏の顔を持つ名勝地でもある。
茂幸雄さんは、警察官時代のパトロール中に自殺志願者に遭遇したことがきっかけで、退官後にNPO法人を設立。以来、川越さんとタッグを組み、当地で自殺防止のために日々活動を続けている。
8年ほど前に、ある雑誌のドキュメント企画で茂さんと川越しさんを尋ね、3日ほど密着させてもらった。
2日目の日没間際のことだった。
最後の見回りに同行させてもらうと、饒舌な茂さんが突然一言もしゃべらなくなった。細めた目の向く先には人の姿がある。
観光地に女性がひとり。スーツ姿。
どう考えても普通ではない。
「どっからきたん?」
そう静かに声をかけてからは、ものの10分である。
俯いていた女性は、次第に顔を上げ、最後は大きく頷いた。
久しぶりに三人の再開を祝し、乾杯した。
ときおり茂さんの福井弁が聞き取れなくなって僕が顔をしかめると、川越さんが言い直してくれた。出会ったときと変わらないやりとりが懐かしかった。
話を聞くに連れ、僕が懸念したのは「観光地」と「自殺防止」という、同じ場所に存在するベクトルの圧倒的な差異である。
ひとりでも多くの観光客を呼び寄せたい観光協会にとって、「自殺」の二文字はタブーであろう。
茂さんたちの行動が表に出れば出るほど、観光地としてはマイナスのイメージにつながっていく可能性を孕むことになる。
そのあたりのことを多くは語らない茂さんだが、東尋坊の仲見世通りに事務所を構えることで、実際は肩身の狭い思いをし、これまでに様々な葛藤があったであろうことは想像に難くない。
しかし、6年ぶりに僕の目の前で熱燗をあおる72際になる男の笑顔には、一抹の迷いもなかった。
東尋坊における自殺者は、ここ10年で明らかな下降線をたどっている。
2016.1.30 台湾 台北