年が明けて10日。大阪にいる。
旭区というあまり馴染みのないところで昼食にカレーうどんを食べ、喫茶店に入った。
カフェではない。コーヒーショップでもない。喫茶店である。
ドアを開けた瞬間に染み付いたタバコの臭いが鼻をつき、客席に座ってテレビを見ていた初老のマスターが「あ、いらっしゃい」と立ち上がった。
15席ほどの店内に客は誰もいない。
テーブルのひとつが懐かしのテーブルゲーム(電源は入っていないが)という、昭和臭全開の奇跡的な喫茶店である。
「コーヒーください」
「ホットでええ?」
前歯が半分ほどしかないマスターは、水としっかりしたおしぼりを置いて面倒くさそうに奥にひっこんだ。
ほどなくして運ばれてきたコーヒーはそのへんのコーヒーショップの1.5倍はある。
こんな立派なおしぼりは要らんよなぁと思いながら一口すすったところで、「はい」と小皿が置かれた。袋に入った小さなドーナツが載っている。
マスターはまたよっこらしょと僕に背を向けて座り、テレビ鑑賞を再開した。
おなかはいっぱいだったが、コーヒーを飲むとちょっと甘いものが欲しくなる。
ドーナツ、悪くない。ちょっと重いなぁと思いつつも、一口食べるごとにおしぼりで指を拭きながら、結局はきれいに食べてまった。
ドーナツをかじり、コーヒをすすっていると、壁の色紙が目についた。
サインの横には切り抜いた阪神タイガースの選手の写真が貼ってある。
「藪……坪井……」
懐かしい顔ぶれに驚いて思わず小さく声に出してしまった。
「その下は福原やで」
「……」
いつのまにかマスターはとなりの席に移り、こちらを向いている。
「藤波は今年あかんかったらどっかトレードやろな。あんな、金本君は現役時代からバチバチにストイックやろ。ああいうのと藤波は合わへんねん。ほれ、掛布が藤波はおだてられて育つタイプ言うてたやん?せめてコーチが中西あたりやったらちゃうと思うねんけど。せやから金本君がおるうちは藤波はあかんやろし、阪神の優勝もないやろなぁ。藤波はロッテあたり行ったらええんちゃうと思うねん。あ、そういやロッテといえば清宮やけどな……」
歯抜けのマスターは止まらない。
が、あまりプロ野球に詳しくない僕にとってもなるほどなというくだりもあり、なかなかに楽しく不覚にもちょっと引き込まれてしまった。
たっぷりのコーヒーとミニドーナツ、280円。
大阪である。