先月、仕事で熊本を訪れた際に、日奈久(ひなぐ)へ立ち寄った。
日奈久を知っていたわけではなく、読み方もその場でスマホで調べて知った。
「日奈久温泉」の看板が見えたところで、反射的にウインカーを出して路地に入った。
戦国時代、刀傷を負った武士が湯治にきたという、文献に残る熊本最古の神社であるらしい。
コロナ禍、人通りはなく、両側に並ぶ旅館に営業している様子はない。
しかし、なんともいえない風情がある。浴衣姿の観光客で賑わっていたであろう情景が目に浮かぶ。
あわよくば公共浴場でひとっ風呂といきたかったが、案の定、臨時休業の看板が出ていた。
ふたたびスマホを開くと、ちくわが有名とのこと。
歩いても10分ほどで回れる小さな町にちくわやが7軒もあるらしい。
僕はちくわやさつまあげの類いに目がない。さっそく暖簾が揺れている店をのぞいた。
「いらっしゃい!」
エプロン姿の明るいおかあさんが出てきた。
「揚げたてよ」
「明後日までもちますか?」
「どこまで帰るん?」
「東京です。家族に食べてもらいたくて」
「ちょっと待っとき」
そういうと、おかあさんは奥から発泡スチロールの箱と保冷剤を出してきた。
「どっか旅館泊まるとやろ?冷蔵庫いれとき。車乗るときはこれ」
「ありがとうございます」
「東京はどこ?」
「品川区です」
「看護士の娘が池袋におるとよ」
「看護士さんですか、いま大変ですね」
「こないだコロナにかからしよったわ!わっはっはっは!」
失礼ながら、僕も腹を抱えて笑ってしまった。
娘さんのコロナ感染で笑いをとるとは、さすが熊本のおかあさんである。
「あ、ほんでこれ、あんたが食べ」
小袋に入れたおまけをつけてくれた。
地図を見ると高台に「温泉神社」とある。
路地を抜け、坂道を上がる。
お参りをすまし、振り向くと、真っ青な八代海の向こうに天草の島々がくっきりと見えた。